2007年02月25日

少しずつ

自分の吹き方が変わってきてる気がします。
でも他の人には多分そんなはっきりとはわかんないはず。
なんかね、次のステップがどっちにあるのか見えてきた感じ。
まだ次のステップを上がるとこまではいかない(笑)
でも足りなかったものに気づくって大事なことよね。
練習のときに、ああここはこうじゃないな、と気づくことが少し増えたと思う。

練習ってさ、「思う」じゃなくて「考える」だと思うんだよね。
音楽に「考える」は無駄だというひともいるかもしれないけど、漠然とした「思い」や「感覚」がただ在るのではなく、はたしてそれはいかなるものなのか、なぜそれが生まれるのかを「考える」。根っこにある思いは変わらなくても、繰り返すごとに、伝えるための話し方やアプローチ、筋立てを「考える」。
より分かりやすく、よりはっきりと、そしてより深く。
伝わらない理由となる障害(間違い)を取り除くのも練習の意義。単語の不規則な羅列では普通は文章にならないのだし。
しかし、たとえば小説などを書いているとき、何度も推敲しているうちにだんだん自分の間違いが見えなくなるらしく、他人が読むと「なんでこんな間違いに気づかないんだろう」っていうミスがあったりする。根本的に流れが変、というときもある。
繰り返し読むうちに、当たり前になって通り過ぎて、間違ってないと思い込んで、他の可能性に気づかなくなってしまう。
そういうときに他人の意見が入ると、まるで The Tower のカードのように、いろんなものが崩れていく。
感情的には受け入れがたいこともあるけど、それは現状打開のために必要なプロセスなんだよね。
そしてまた「考え」を積み重ねていく。
私はそういうの、嫌いじゃない。
負けん気強いからいったんは確実に怒るけど(<ダメじゃん(爆))、言われたことは後々しつこく「考え」てる。で、結果的にはかなりの確率で受け入れてます、多分(笑)

24日は、チームPの本番でした。
まだまだだけど、これからもいろんな仲間から自分になかったものを吸収していきたいなぁ、と思うのでした、マル。
posted by 風音 at 02:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽

2007年02月17日

きりぎりす

今日はきりぎりす音楽隊の演奏会でした。
まあ、ほぼ演奏者=聴衆なので割と気楽(笑)
もう4回目、お会いする皆さんも年1回なのになんだか顔馴染みです♪
でも前の参加者で今回都合で来られなかった方も幾人かいらっしゃって、少々寂しくもあり……オカリナ隊も2名だったので……そこは次回を楽しみにいたしましょう(笑)

演奏は、皆さん好きで頑張ってるのが実感として伝わってきます。
上手い下手は他人と比べるものじゃないのよね。自分が弾いてみたい、好きな曲を思う存分チャレンジして、前より弾けるようになったとか、今回イマイチだったから次こそリベンジしたいとか、素直な気持ちを原動力として向かっていけるのっていいよね。
「音楽に関しては“上手い”は褒め言葉ではない」という言葉をちょくちょく耳にするけど、こういうの聞いてると、上手くなりたくてなにが悪い、と思ったりする。思ったような音がでた喜びってすごい力になるもんなんだよね。
……自分の演奏はとりあえず置いておいて(笑)

発起人の方々、今日ご一緒した皆様、お疲れさまでした&ありがとうございました!

……あ、電車降りなくちゃ。続きは後ほど。
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posted by 風音 at 17:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽

2006年03月31日

面白い

今日はP練。
いつもと違ってゲストさんも参加でした。
そしてまたいつもと違って、話しながら考える時間が多かったかな。

音楽を聴いてる量も違うんだろうけど、
楽譜を読む、というのは、ただ音符を追ったり演奏の指示をチェックしたりすることではなくて、
音の動きやパートごとの絡み方からそれぞれの役割や音楽の文脈を読み取ること。
それを言葉で表現してしっかり認識してやるのと、漫然となんとなくやるのとではやっぱり違う。
私は感覚だけでは音楽が出来ないひとだから、こういう考える作業は面白い。
なかなか有意義な一日でした。
posted by 風音 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2006年03月16日

下手でも許せる?

他所の日記にコメント書いてて思ったことだけど、話が違ってくるのでこっちに書こう。

ぶっちゃけ下手な演奏でも、純粋なひたむきさが感じられる演奏なら感動できる。
……のか? という話。
すみません、かなりひねくれてます(爆) そーいう性格だから。
もともと感動薄いもんで。

んっと、結論から言えば。
下手でも良い場合もある。それに異論はない。
ただし。
下手でも許せるのは、そのバックグラウンドに対する認識を伴うときのみである。
あ、これ、私の場合はですよ、もちろん。

たとえば、発表会で、あんまりお上手じゃない演奏を聴いたとしても怒りもしなければイライラもしない。
でもライブで期待はずれだったらがっかりする。
有料のプロの演奏会だったらきっと怒る。
初めてオカリナを手にする人に吹き方を教えてあげたりして、最初の曲を吹けたらたとえおぼつかない演奏でもきっと喜ぶ。
そういった反応の違いは、バックグラウンドに対する評価の違いから来るのだと思う。

こういった極端な例なら分かりやすいのだけれど、「ある程度吹ける人」の場合はちょっと難しい。
たとえば一緒に吹いている仲間だったりするとなおさら。
自分と同じ、あるいは自分の目指しているレベルを相手に求めてしまうから。
自分と同じレベルの努力をすれば、同じレベルの結果が出てしかるべきだと思ってしまうから。
相手に結果を出せるだけの努力を求めてしまうから。
つまり、下手では許せなくなる。
許せるとしたら、それは相手の状況を情状酌量しているに過ぎないか、あるいは自分も出来てないことを自分で許しているから。
「他のこともあるからしょうがないよね」「お互い様だから」とナァナァになる。
それはある意味お互いのバックグラウンドへの理解とも言える。
その結果どのレベルで落ち着くかは、そのグループのモチベーション次第かなぁ。

また、バックグラウンドへの理解が評価のあり方を左右するため、バックグラウンドが変わると同じ演奏でも許せなくなることがある。
発表会交流会レベルでなら喜んで聴いていても、もしコンサートをやるとなると「えーマジ?」と思う場合だってある。もちろんそれは己が身にも返って来ること。気を引き締めにゃいかんね。
posted by 風音 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2006年02月19日

難しい

今日は某所で某講習を受けてきました<ってぜんぜん分からんね
いやー、難しかった。
難しくないように簡単に教えてくれているのだとは思うのだけれど、
○○は××だから、△△は◇◇で……と教わっても、
○○は××、というのを反芻するのに時間がかかるようではなかなか(笑)
なんていうか、当たり前に分かること、の仕組みが人によって違うのね〜。
チームPでも、楽譜を2度上げで吹く、とか私はかなり混乱するんだけど、ねーさんたちが平気でやってのけるのは、きっとそういうことを当たり前にたくさんやってきたからなのよね。

今日のところでは、移動ドの話をしてて、それを聞きながら、私には調性の意識が全くないことに気が付いた。
いや、全くない、というか、ん〜、なんつーか、
レミファ#ソラシド#レ、って歌いながら気分はドレミファソラシドで、それはD管じゃなくてF管使っててもC管使っててもそうなのだ。ミ♭ファソラ♭シ♭ドレミ♭も同じ。
だから自分的には半音運指はあまり関係ない。移調管が気持ち悪い、って固定ドの人は思うらしいんだけど、それもあまりない。てか、よく分からない。ドの指なのにファの音が鳴るんじゃなくて、その管でファの音がなるのは全閉じのとき、って理解してる。だから、どの運指で何の音が聞こえるかさえ身体で覚えれば、使い慣れてない移調管でも読み替え出来るようになってくる。
ただ、管とは関係なく慣れてる調とそうでない調があって、慣れてない調だと時々頭の中でふり仮名の振られない音があって、分からなくなってしまう。
自分のなかの気分のドレミファソラシドでちゃんと歌える曲なら大丈夫なんだけど、それが飲み込めるまでは混乱する。で、飲み込めてもドレミファソラシドでは歌わない。ファソラシ♭ドレミファって歌ってたりするわけだ。
これをちゃんとドレミファソラシド、で歌ってたら、移動ドなんだよね、と今日理解した。しかも、ここでヘ長調であることをちゃんと意識していればいいんだろうけど、私はそれがなくて、曲の転調もあまり意識してない。
それが「当たり前」になったら、もっと曲が分かるようになるんだろう、と、ここまで理解したのが今日の収穫。続きを読む
posted by 風音 at 23:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽